子供の頃、団地の公園にリヤカーを引いた
おじいさんがやって来ていました。
リヤカーの荷台には銀色の機械が乗っていて、
その中でお米がぐるぐると回りながら、
「ポーン!」という大きな音を立てて、
甘い香りのポン菓子が出来上がるのです。
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出来上がるまでの間、おじいさんは紙芝居を
読んでくれました。
「狼少年」や「黄金バット」など、今思えば
昔ながらの物語。
でも、あの声のトーン、間の取り方、そして
表情。
子供たちは夢中になって、おじいさんの
まわりを取り囲んでいました。
あの時間はまるで魔法のようでした。
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ある日、違う若いお兄さんがリヤカーを
引いてやってきました。
おじいさんが体調を崩し、息子さんが後を
継いだとのこと。
その日も「ポーン!」と音が鳴り、お兄さんの
作るポン菓子は確かにおいしかった。
たぶんおじいさんより上手だったと思います。
研究して、工夫して、より良い味を追求された
のでしょう。
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でも——
紙芝居が全然面白くなかったのです。
声のトーンも単調で、
話の間もなく、子供たちはだんだんと興味を
失い、あんなに賑やかだった公園が静まり返って
いきました。
団地の中に響くのは、「ポーン」というあの
音だけ。
お菓子は美味しいのに、誰も集まらない。
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その時、子供ながらに思いました。
商売って、モノを売るだけじゃない。
人の心を引きつける何かが、絶対に必要なんだと。
味や技術を伝えることはできても、人の心を
動かす「間」や「熱」は簡単には伝えられません。
それこそが“魂”であり、商いの本質なのだと、
今になってわかります。
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あの団地の公園で、おじいさんの声と笑顔が、
今でも私の心の中でポーンと響いています。

感謝。