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「大往生と言われても、悲しみは深く」

老衰というのは、病気で命を落とされたのでは 

なく、草木が静かに枯れていくように、自然に

最期を迎えられることだと、私たちは受け止めて

います。

そして実際に、そんな穏やかな旅立ちをされる

方は少なくありません。

「大往生だったね」

葬儀の場でよく耳にする言葉です。

しかし、先日の喪主様は、その言葉を口に

しながらも、涙が止まりませんでした。

「今までは他人事のように“大往生でしたね”と

言っていました。でも、自分の親が100歳近く

まで頑張って大往生しても、こんなに悲しい

なんて思いもしませんでした……。」

その言葉に、私たちも胸が熱くなりました。

どれほど長寿で、どれほど頑張って生き抜かれた

としても、“喪失の悲しみ”は年齢では語れない。

残されたご家族にとっては、決して軽く扱える

ものではない。

あらためて、その深さを教えていただきました。

きっと故人様は、そんな優しい喪主様の姿を、

どこかで静かに、永遠に見守っておられる

ことでしょう。

人の生き様、そして最期の迎え方は、本当に

千差万別です。

その喪家様にしか分からない想い、語り

つくせない物語があります。

私たちはその尊い一場面に触れさせていただき、

そして大切な方とのお別れのお手伝いをさせて

いただいたことを、心から誇りに思います。

今日も一つのご家族の“想い”に寄り添いながら。

感謝。


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