仏教で説かれる生老病死(しょうろうびょうし)。
生まれる苦しみ、老いる苦しみ、病にかかる
苦しみ、そして死を迎える苦しみ。
これは、人が避けることのできない四つの苦しみ、
四苦です。
私達は日々、葬儀の現場に立ち、この生老病死と
真正面から向き合っています。
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生と老と病の「先」にある場所
葬儀の場は、「死」だけの場所ではありません。
そこには、その方が歩んできた生・老・病の
すべての時間が集まっています。
若い頃の話を語るご家族。
苦労を重ねてきた人生を振り返る親族。
長い闘病生活を支え続けたご主人、奥様、
子どもたち。
一つひとつの言葉の奥に、生老病死のすべてが、
確かに存在しています。
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老と病を見守る家族の苦しみ
葬儀の現場では、亡くなられた方だけでなく、
見送る側の苦しみにも触れます。
老いていく姿を見守る切なさ。
病で苦しむ姿を前に、何もできないもどかしさ。
「代わってあげられたら」という想い。
老と病の苦しみは、本人だけのものではなく、
家族全員で背負ってきた苦しみなのだと感じます。
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死は、突然訪れる現実
「まさか、こんなに早く…」
葬儀の現場で、何度も耳にしてきた言葉です。
どれだけ覚悟をしていても、死を前にすると、
人は立ち尽くします。
それは、生に執着しているからではありません。
それだけ深く、愛し、共に生きてきた証なのです。
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涙と共にある、感謝の時間
お別れの場では、涙と同時に、感謝の言葉が
あふれます。
「ありがとう」
「よく頑張ったね」
「お疲れさまでした」
これらの言葉は、生老病死という苦しみを共に
乗り越えてきたからこそ、自然に出てくる
言葉なのだと思います。
葬儀は、悲しみだけの場ではありません。
人生を丸ごと認め、労う時間でもあります。
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生老病死を知ると、今の見方が変わる
生老病死を知ると、今日という一日が、違って
見えてきます。
何気ない会話。
当たり前のように迎える朝。
家族と過ごす時間。
それらはすべて、いつか必ず終わりが来る
からこそ、尊いのです。
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葬儀の仕事を通して思うこと
葬儀の現場は、生老病死を最も現実的に教えて
くれる場所です。
だからこそ私は、
「今を大切に生きること」
「人に優しくすること」
「感謝を言葉にすること」
その大切さを、ご家族の姿から、何度も教え
られてきました。
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生老病死は、確かに苦しみです。
しかしその苦しみがあるからこそ、人は人を想い、
支え合い、最後には感謝で人生を締めくくる
ことができるのだと思います。
今日という一日を、悔いなく。
それが、葬儀の現場から学ぶ、生老病死への
答えなのかもしれません。

感謝。