今でも忘れることのできない、一人の女性が
います。
私が以前、大手冠婚葬祭互助会で会員募集の
仕事をしていた頃の話です。
当時の仕事は、個人のお宅を一軒一軒訪問し、
新規会員様の募集や、既存会員様のアフター
フォローを行うものでした。
決して楽な仕事ではありませんでしたが、
多くの方々との出会いがあり、大変やりがいの
ある仕事でした。
職場にも、個性豊かで素晴らしい仲間たちが
大勢いました。
その中に、50代の一人の女性がいました。
営業成績はいつも優秀で、決して自分を大きく
見せることもなく、物静かで、誰に対しても
優しく、誰からも好かれる方でした。
ある日のことです。
私が数人の同僚と公園で仕事をサボっている
と、その女性が通りかかりました。
そして、私たちに小さな声で、優しくこう
言ったのです。
「時間がないよ。早く仕事しなさいよ」
怒鳴るわけでもなく、責めるわけでもなく、
いつもの穏やかな口調でした。
私は心の中で思いました。
「まだ仕事が始まったばかりなのに。時間なら
たっぷりあるじゃないか」
正直、少し変わったことを言う人だなと思った
ものです。
ところが、次の日も、そのまた次の日も、顔を
合わせるたびに、彼女は同じようなことを口に
するのです。
「時間がないから、頑張ろうね」
その言葉の意味を、当時の私はまったく
理解していませんでした。
そんなある日、彼女が仕事中に体調を崩し、
早退したと聞きました。
私は、いつも一生懸命に働いている人だから、
きっと無理をし過ぎたのだろうと思ってい
ました。
しかし、翌日から彼女は会社に姿を見せなく
なりました。
上司から詳しい事情が語られることもなく、
ただ時間だけが過ぎていきました。
そして、ある日のこと。
仕事中に突然、彼女の訃報が届いたのです。
信じられませんでした。
あんなに元気で、いつも優しく、誰よりも
一生懸命に働いていた人が、もうこの世に
いない。
その日の夜、私は彼女のお通夜に参列しまし
た。
久しぶりに再会した彼女は、まるで眠っている
かのような、穏やかな表情をしていました。
今にも目を開けて、いつもの優しい声で
話しかけてくれそうでした。
そこで初めて、私は彼女が病気を抱えていた
ことを知りました。
彼女は自分の病気を知り、限られた時間と
向き合いながら、それでも最後まで懸命に
生きていたのです。
そのとき、私の頭の中に、あの日の言葉が
よみがえりました。
「時間がないよ。早く仕事しなさいよ」
「時間がないから、頑張ろうね」
ようやく、その言葉の意味が分かりました。
時間がなかったのは、私たちではなく、彼女
自身だったのです。
私たちにとっては、明日も明後日も当たり前に
続くと思っていた何気ない一日。
しかし、彼女にとっては、その一日一日が、
二度と取り戻すことのできない、かけがえの
ない時間だったのでしょう。
それでも彼女は、自分の苦しみを口にする
ことなく、誰かを責めることもなく、いつもと
変わらない優しさで私たちに接してくれて
いました。
そして、限られた時間の中で、誰よりも懸命に
仕事に向き合っていたのです。
今になって思います。
彼女が残してくれたものは、優秀な営業成績
だけではありません。
時間の大切さ。
一日を精いっぱい生きることの意味。
そして、与えられた仕事に誠実に向き合う
姿勢。
彼女は自分の生き方そのもので、私たちに
それを教えてくれたのだと思います。
私たちは、つい「また明日がある」「まだ時間
はある」と考えてしまいます。
しかし、明日という日が誰にでも必ず訪れると
いう保証は、どこにもありません。
時間があると思っている人は、時間を無駄に
することがある。
時間の尊さを知っている人は、今という一瞬を
大切にする。
あれから長い年月が過ぎました。
彼女の名前を知る人も、当時の職場にはもう
ほとんどいないかもしれません。
しかし、私の心の中では、今も変わることなく
生き続けています。
私にとって彼女は、単に営業成績の優秀な社員
ではありませんでした。
生きることの意味を、その背中で教えて
くれた、伝説のトップセールスマンです。
あの日、公園でサボっていた私たちにかけて
くれた言葉。
「時間がないよ」
あの優しい声を、私は生涯忘れることはない
でしょう。
今なら、心からこう伝えたいと思います。
あのときは、あなたの言葉の本当の意味が
分からなくて、ごめんなさい。
そして、限られた大切な時間の中で、私たちに
たくさんのことを教えてくださり、本当に
ありがとうございました。
あなたが教えてくれた「時間の大切さ」を、
これからも忘れずに生きていきたいと思い
ます。
さよならではなく、ありがとう。
そして、また会いましょう。


感謝。