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人生最後の一回は、誰にもわからない

人生には、必ず「最後の一回」があります。

最後に車を運転した日。

最後に家族全員で食卓を囲んだ夜。

最後に故郷へ帰った日。

最後に孫を抱き上げた日。

最後に友人と笑い合った時間。

ところが、不思議なことに、私たちはその瞬間

を「最後」だとは思っていません。

いつものように車のエンジンをかける。

いつものように「いただきます」と手を合わせ

る。

いつものように「また今度ね」と別れる。

そのときは、次があると信じているのです。

しかし、人生を振り返ってみると、あの日が

最後だったという出来事が、誰にでもあるの

ではないでしょうか。

子どもが小さかった頃。

「抱っこして」と何度もせがまれ、忙しいから

と後回しにしたことがあったかもしれません。

けれど、ある日を境に、子どもは抱っこを

せがまなくなります。

その最後の抱っこがいつだったのか、覚えて

いる親はどれほどいるでしょう。

親の手料理も同じです。

食べているときは、また食べられると思って

います。

しかし、ある日突然、もう二度と食べられない

料理になることがあります。

人生の最後とは、必ずしも命が終わる瞬間だけ

を指すものではありません。

私たちは生きながら、いくつもの「最後」を

経験しているのです。

葬儀という仕事に携わっていると、残された

ご家族から、こんな言葉をお聞きすることが

あります。

「まさか、あれが最後の会話になるとは思い

ませんでした」

その言葉には、後悔だけではなく、当たり前

だった日常への深い愛情が込められているよう

に感じます。

だからといって、毎日を最後の日だと思って

緊張して生きる必要はないでしょう。

ただ、いつもの朝食。

いつもの電話。

いつもの「おかえり」。

そんな何でもない時間が、実は二度と戻らない

大切な一日かもしれない。

そのことを、ほんの少し心に留めておくだけ

で、人との接し方は変わるのではないでしょう

か。

私たちは人生の最後の日を選ぶことはでき

ません。

しかし、今日という一日を、どんな気持ちで

過ごすかは選ぶことができます。

特別なことをする必要はありません。

今日も家族と話せた。

今日も誰かと笑えた。

今日も大切な人の声を聞けた。

それだけで、十分に幸せな一日なのかもしれ

ません。

いつか訪れる最後の一回。

それがいつなのか、誰にもわかりません。

だからこそ、今日の何でもない一回を、大切に

したいものです。

感謝。


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