人は、自分が何人の人を幸せにしたのか、
知らないまま人生を終えるのかもしれません。
大きなことを成し遂げた人。
世の中に名前を残した人。
たくさんのお金を稼いだ人。
私たちは、そんな人生を立派だと思いがち
です。
けれど、人の価値は本当にそれだけで決まる
のでしょうか。
例えば、何十年も前のこと。
仕事で失敗し、落ち込んでいたとき、先輩が
何気なく言ってくれた一言。
「大丈夫。誰にでも失敗はあるよ」
言った本人は、もう忘れているかもしれ
ません。
しかし、言われた人は、その言葉に救われ、
今でも覚えていることがあります。
あるいは、毎朝すれ違う近所のおばあちゃん。
いつも笑顔で「おはよう」と声をかけて
くれた。
それだけのことなのに、その笑顔に元気を
もらっていた人がいたかもしれません。
本人は、そんなことなど知りません。
ただ、いつものように挨拶をしていただけなの
です。
私は、葬儀の仕事を通して、時々考えることが
あります。
一人の人間が亡くなったとき、その人が生きて
いる間に誰かへ与えた優しさは、いったい
どこへ行くのだろう、と。
きっと、消えてしまうわけではないの
でしょう。
親切にしてもらった人が、今度は別の誰かに
親切にする。
励ましてもらった人が、今度は誰かを励ます。
笑顔をもらった人が、今度は誰かに笑顔を
向ける。
そうして、一人の人間が残した優しさは、
本人も知らないところで、次の誰かへと渡って
いくのではないでしょうか。
考えてみれば、不思議なことです。
人は、自分が生まれた日を覚えていません。
そして、自分が亡くなったあとの世界を見る
こともできません。
けれど、その間に誰かへ手渡したものは、
自分がいなくなったあとも、この世界に残り
続けることがあります。
それは財産でも、地位でも、名誉でもあり
ません。
何気なくかけた言葉だったり、差し伸べた
手だったり、誰かと一緒に笑った時間だったり
するのです。
葬儀の場で、「あの人には、本当にお世話に
なりました」そんな言葉を耳にすることが
あります。
その言葉を聞くたびに思います。
亡くなったご本人は、自分がこんなにも感謝
されていたことを、知っていたのだろうか。
もしかすると、自分は何も残せなかったと思い
ながら、人生を終えた人もいるかもしれ
ません。
でも、それは違うのです。
あなたが忘れてしまった親切を、今でも覚えて
いる人がいる。
あなたが何気なくかけた言葉を、人生の支えに
している人がいる。
あなたと出会えたことを、幸せだったと思って
いる人がいる。
そして、その人たちの心の中には、あなたと
いう人間が確かに生きている。
私は思います。
人生の豊かさとは、どれだけ多くのものを手に
入れたかではなく、知らないうちに、どれだけ
誰かの心を温めていたかということなのかも
しれません。
今日、誰かに優しくしたとしても、相手の人生
がどう変わったのかを知ることはできません。
それでもいいのです。
優しさには、結果を見届ける必要などないの
ですから。
人は、自分が幸せにした人の数を知らない。
でも、知らないからこそ、人の一生は
素晴らしいのかもしれません。
そして、いつか自分がこの世を去るとき。
自分でも忘れてしまった小さな優しさが、
誰かの心の中で生き続けていたとしたら。
それ以上に幸せな人生があるでしょうか。
トワ家族葬ホール岩国は、そんな一人ひとりの
かけがえのない人生を大切に、これからも
ご家族に寄り添ってまいります。
さよならではなく、ありがとう、そして、
また会いましょう。

感謝。