少し前まで、葬儀があると近所の方々が手伝い
に来るのが当たり前でした。
受付をしたり、お茶を出したり、食事の準備を
したり、車の誘導をしたり。
「困った時はお互い様」
そんな言葉が、地域の中で自然に生きていた
時代だったように思います。
ところが最近では、「隣の人が亡くなったこと
を後から知りました」そんな話も珍しくなく
なりました。
一見すると、人と人との繋がりが薄れ、寂しい
時代になったようにも感じます。
しかし、長年葬儀に携わっていると、それだけ
ではないように思うのです。
そこには、ご家族なりの深い思いやりが隠れて
いる場合があります。
近所の方に手伝っていただけば、今度その家に
何かあった時には、こちらもお返しをしなくて
はなりません。
自分たちの代はそれで良くても、子どもたちは
地元を離れているかもしれない。
仕事を休むことが難しいかもしれない。
だから、「自分たちがしてもらったことで、
次の代にまで負担を残したくない」
そんな考えから、あえて近所の方にはお願い
しないご家族も増えています。
これは決して、「近所付き合いをしたくない」
という意味だけではありません。
むしろ、「自分たちのことで人に迷惑を掛け
たくない」「子どもたちに義理を残したく
ない」という、現代ならではの気遣いでも
あるのではないでしょうか。
昔は「助け合うこと」が優しさでした。
今は「負担を掛けないこと」も、ひとつの
優しさになってきたのです。
葬儀の形が変わった背景には、家族構成や
地域社会、働き方など、私たちの暮らしその
ものの変化があります。
昔が良かった、今は寂しくなった。
それだけでは語れないものがあります。
時代が変われば、人を思いやる方法も変わって
いく。
葬儀の変化を見ていると、そんなことを感じる
今日この頃です。

感謝。